成長し続ける地区市民の、自発的な生涯学習活動の為に・・・・・温かい地域のコミュニティー
PC HOME
>
イルミネーション
12月4日
PC HOME
2010年度トップ
 2009年トップ
  2008年トップ
南地区年間行事表
会報・新聞
事業計画
年間スケジュール

○会長のメッセージ

○副会長メッセージ
○各部長のコメント
☆総務部
☆成人教育部
☆青少年育成部
☆生活安全部
☆体育保健部
◇生涯学習とは
◇会の組織図
◇構成する11地区
◇アクセスマップ
◇会の規約
Q&A
富士市民憲章
リンク集
富士市民歌 
前年活動報告
 
生涯学習推進会の歩み
役員会

目的
自主的に
生涯学習活動を推進し、
明るい家庭、
住みよい地域づくり
を進めること

2010年度スローガン
生涯学習活動を推進し
環境にやさしい、
安全で快適な

南地区を
創り出そう。

5月16日(日)
生涯学習
ソフトボール大会 開催

5月16日(日)
生涯学習
バレーボール大会 開催


9月5日(日)
富士南地区
体育祭


10月30・31日
(土・日)
富士南地区
文化祭


11月27日
生涯学習
防災講演会


12月4日
クリスマスイルミネーション
点灯式&こども文化祭


12月12日
お正月用
お飾り作り教室


プログラム













 街を明るく美しく安全に! 富士南地区クリスマスイルミネーション「光のページェント」のページです。。 
生涯学習☆クリスマスイルミネーション
『光のページェント』
街を明るく美しく安全に! 富士南地区クリスマスイルミネーション「光のページェント」


12月27日 午前中 イルミネーション飾りつけ(生涯学習役員と推進員一部)

12月2日 会場準備(生涯学習役員と推進員一部)
12月3日 夜 前日準備(生涯学習役員一部)

9:00集合 準備開始




13:00 開会 除幕・・・



演目スタート

まずはじめは・・・チアリーダーのダンスから・・・

動画は,youtubeを使用しますが、
富士南生涯学習以外のリンクされている動画の選択閲覧につきましては、
責任を負いかねますので、自己責任にて、よろしくお願いいたします。
←動画です

M3のヒップホップダンス・・・




タイムカプセル
『10年後の自分に手紙を書こう』
10年後の2020年の富士南地区文化祭でカプセルをオープン予定

こども文化祭
センターの中では、子供たちの作品を展示


動画をいくつか準備中です

他のカメラで撮ったものがありますので、順次追加していきます

30周年記念植樹
大地にしっかり根を張って、末永く、大きく成長し続ける・・・
病気や害虫に強く、元気に育つ・・・
富士南地区にふさわしい、シンボリックな樫木を3本、
センターに植樹しました。

計画中の新しいまちづくりセンターへ、早く移植できますように、願いをこめて
みんなで力を合わせ、穴を掘り、土を掛け、水を与え、植樹しました。


もっと 写真を
追加していきます・・・・

点灯式

カウントダウン前の子どもたちの歌

カウントダウン

点灯の瞬間

ハンドベル演奏

イルミネーションの動画も

小学校の駐車場から通り道には、 『竹の灯篭の道』・・・



クリスマスイルミネーション・光のページェント点灯式 を終えて 生活安全部コメント

昨年 一昨年の様子(動画)↓


★クリスマスな話 ・・・そして、実は!

クリスマスになると、貧しく困っている人々に 現金をプレゼントする男性がいた。
彼は、いつしか『シークレットサンタ』と呼ばれるようになった。
「秘密のサンタクロース」として名前を明かしたのは
中西部ミズーリ州のカンザスシティーの郊外に住むラリー・スチュワートさん(当時58才)の話。

 「ほかの誰かを助けることこそが、私たちの生きる目的なのだ」

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。
あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。
請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。
そして、
なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、
警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。
一人の男性店員が、20ドル札が落ちていたと渡してくれた。
店員のカン違いのお陰で、彼は会計を済ませることができた。

だが
この人生最大の苦境に、偶然手に入れた20ドルが、
後に 彼の運命を変える重大な鍵となる。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費に、カンザスシティに移り住んだラリーは、
警備関係の会社を起こして懸命に働いた。
結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。

1977年12月、不況で会社が倒産し、その日の食事代にも困るほど追いつめられた。
貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。

だが、目の前の女の子が20ドル札を預金するのを見て、
ふと我に返り銀行強盗を思いとどまった。

改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。
だが彼はまたしても試練を与えられる。

1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。
もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。
ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。
店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。

ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。
彼女は受け取れないと言ったが、ラリーはクリスマスプレゼントだと言って手渡した。
この日はクリスマスだった。
女性は嬉しそうに礼を言った。

その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。

そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、
白いオーバーオールに赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。
そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。

シークレットサンタが誕生した瞬間だった。

20ドルは大金ではなかったが、
困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえた。
それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。

家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかったと聞かれた。
ラリーは落としてしまったと答えた。
すると妻は怒るどころか、
『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね』
と微笑むだけで文句を言わなかった。

翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。
そして
その年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。
そして
その金額は少しずつ多くなっていった。

不思議なことにシークレットサンタとなって、施しをすればするほど会社の業績が上がり、
長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。

ラリーの妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになった。
彼は家族にも言っていなかったのだ。

彼はそれからも一年も休むことなく、シークレットサンタの活動を続けたのだが、
9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーであることがわかってしまった。

すまないと謝るラリーに、妻は
「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」
と答えた。

以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。

カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。
しかし報道されてから、シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなった。
一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。
そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。

その男性とは、シークレットサンタの生みの親だった。
28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと。
本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。

20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに。

男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。
ラリーは彼がしてくれたことをいつか誰かにしようと思ったのだと話した。
そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。

自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、
ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。
受け取れないというテッドに、ラリーは自分が今あるのはあなたのおかげだと引かなかった。
当時テッドは、警察に突き出すのではなく、
自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しいと思って20ドルを差し出した。
それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がるとテッドは話している。

テッドさんは、ラリーさんから渡された1万ドルを、
近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。
人を思いやる気持ちは健在だった。

そして、ラリーのサンタ活動は全米に広がった。
2001年には世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、
ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。

2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、
27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。

だが昨年、シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かした。
彼は昨年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。

正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、
身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、
マクガイヤー記者は話します。

その反響は大きかった。
2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。
大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだった。

その年のクリスマスも、彼は病気を押してサンタの活動を行った。
そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。
今年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。
それでも彼の笑顔と優しさは、数えきれないほどの人の胸に
永遠のサンタとして刻み込まれただろう。

生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立し。
会員資格は少なくとも1回、他人への親切な行為を行うこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

知っていますか?
実は、私たちの街の身近なところにも、
見た目は違うけど、同じような事をしている人が・・・・


 

ページトップへ


クリスマスイルミネーション
点灯式
光のページェント
ご案内
随時更新
しています
お楽しみ
下さい

クリスマスイルミネーション&こども文化祭 プログラム

 2010年
12月4日(土)
13:00
   〜19:30
今年は!
イルミネーション
点灯式

こども
文化祭
前日 広報車出動・・・

今年も・・・

南地区が、心豊かな 行く年来る年を過ごせますように!

子どもたちのステージ演技・作品展示

・タイムカプセル「10年後の自分への手紙」

・記念植樹・アニメ屋外上映

・模擬店いろいろ・・・

〜お楽しみ〜