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> 歩み「概要・沿革」
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2009年11月
富士市
生涯学習推進会
24地区から26地区へ
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| 吉永地区 |
| 原田地区 |
| 須戸地区 |
| 元吉原地区 |
| 浮島地区 |
| 吉永北地区 |
| 吉原地区 |
| 今泉地区 |
| 伝法地区 |
| 神戸地区 |
| 富士見台地区 |
| 青葉台地区 |
| 鷹岡地区 |
| 広見地区 |
| 大渕地区 |
| 丘地区 |
| 天間地区 |
| 富士駅北地区 |
富士南地区
11地区(16,676人) |
| 富士駅南地区 |
| 田子浦地区 |
| 岩松地区 |
| 岩松北地区 |
| 富士北地区 |
2008年11月1日より
富士川町を吸収合併
新富士市誕生
↓下記2地区が追加 |
| 富士川地区 |
| 松野地区 |
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富士南 生涯学習推進会 地区の概要・沿革・紹介
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1981年(昭和56年)4月1日に 「富士南地区」が誕生しました。
駅南地区から2地区、田子浦地区から9地区が分離して、11地区で新たに発足した地区です。
生涯学習推進会も同時に結成され、今日に至っています。
当地区は 「ききょうの里」と呼ばれています。
それは、安政年間(1855〜1857年)の富士川洪水で地域一帯に大きな被害が発生し多くの農民が離散しました。
その後、幕府の復旧工事により、堅牢な堤防ができ、農民たちが「帰郷」したことと、築堤工事の総帥であった土岐摂津の守の紋所が「桔梗」であったことから、堤防を「桔梗堤」と名づけ、これに由来しています。
また第二次大戦中の陸軍富士飛行場の建設により立ち退かされた住民が、戦後、再びその地に帰郷したことも、住民の「ききょう」という言葉への思いを強めています。
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生涯学習推進会連合会 沿革 |
| 準備中 |
富士市社会教育推進会連合会の発足(s48.3.2) |
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準備中
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富士市生涯学習推進会連合会の発足(h5.5.24) |
| 準備中 |
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富士市の生涯学習推進に関する動き
◆平成元年 富士市の生涯学習に係わる総合的な施策の推進を図るため、「富士市生涯学習推進本部」が設置される。
本部長を富士市長とし、副本部長を助役・教育長、各部長によって構成される。
◆平成2年 富士市の生涯学習の基本理念を盛り込んだ「富士市生涯学習推進大綱」を作成する。
◆平成3年 生涯学習の推進計画を作成するにあたって、まず市民による計画(案)を作成するため、社会教育課に事務局を置く市民による生涯学習推進のための検討組織「富士市生涯学習推進市民会議」が社会教育委員を始めとする市内有識者によって組織される。
◆平成7年 市民側からの生涯学習推進に関する提言が市民会議の中でまとまり、富士市における生涯学習を推進するプラン「ふじの麓のいきいきライフ」が生涯学習推進本部長である市長に提出される。
◆平成9年 本部会を重ね、市民会議の提言をもとに富士市生涯学習推進プラン「ふじトゥモロウスクール」構想を策定する。
この構想の考え方は、富士市全体を「まなびや」とし、何処にいても必要なときに必要な学習活動が行える都市、富士市が生涯学習スクールであるというもの。
(富士市社会教育課による)
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富士南地区誕生1981年 あれから30年! |
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富士南地区は、
富士飛行場跡地の開拓、昭和41年の2市1町の合併による新制「富士市」の誕生、
昭和47年の「線引き」による市街化区域への区分などにより急速に宅地化が進み、
昭和53年に、同年開校した富士南小学校の校区と同一の区域となりました。
昭和56年の富士南公民館の開設に合わせ、
富士駅南地区の一部及び、田子浦地区の一部をもって組織されました。
2007年ホームページを開設しました。
2010年度は、30周年で、
さまざまな記念イベントを行いました
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目 的
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自主的に生涯学習活動を推進し、
明るい家庭、住みよい地域づくりを進めること |
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スローガン
2009〜2011年度
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生涯学習活動を推進し
環境にやさしい、
安全で快適な
南地区を創り出そう。 |
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スローガン
2008年度まで
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1.快適な高齢社会をつくるため、生涯学習をさらに推進しよう。
1.安全で、住み良い地域づくりをさらに推進しよう。
1.資源を守るため、環境にやさしい活動を推進しよう。 |
| まちづくりセンター |
2008年4月から
公民館は
まちづくりセンター
に変わりました
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2008年4月25日
富士南生涯学習推進会
公式ホームページ
開設しました

随時更新中です |
200811月1日
新富士市誕生

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